講師 池埜 聡 さん(関西学院大学人間福祉学部)
本日は愛着とマインドフルネスという2つのテーマからお話し、里親の皆様のご健康とお子様の養育に少しでもお役に立てればと思っています。
◯愛着・アタッチメントについて
最初に、愛着・アタッチメントについてお話します。愛着とは養育者あるいは親が子どもに対して可愛い、大切にしたいと思うだけではなく、子どもが親に依存したり信頼を寄せたりすることで安心を感じるという、両者の相互交流から成り立ちます。
胎児期から5歳くらいまでの間に基本的な愛着関係が形成されます。健全な愛着関係がその後の子どもの人生全体における人間関係の土台になっていきます。「いつでも戻ってこられる人生の安全基地」。こんな言葉で愛着が表現されてきました。人と交わり、思いやりに満ちた人とのつながりの「ひな形」を得るという意味で、愛着・アタッチメントのあり方が重要視されてきました。
愛着の大切さは、1950年代から研究成果が示されてきました。しかし、主に心理学の領域では愛着研究は徐々に注目されなくなりました。行動主義の台頭や女性解放運動の影響で愛着の大切さを強調する機運が低下したのです。でも2000年代に入って急速に愛着の重要性が再認識されるようになりました。その理由の1つは、脳神経科学による新たな方法によって愛着研究が加速されたためです。幼少期の愛着関係がどのようにその後の人間関係に影響を与えるのか、そのメカニズムが脳神経生理学によって解明され始めたのです。
なぜ人間にとって、幼少期の親と子の愛着形成が必要になったのでしょうか?それは、進化の過程で人間の脳は他の動物に比べて断然大きく発達したためと言われています。人間は、脳を大きくする代わりに体を小さくして産まざるを得なかったのです。これは出産のリスクを下げるためですね。大きな脳と未熟な体、この2つをトレード・オフ(交換)したために、私たちは数年にわたって赤ちゃんをお世話しなければならなくなりました。長い期間お世話をするためには、赤ちゃんの安心・安全が欠かせません。この安心と安全感を土台にして、将来の人間関係のあり方、すなわち「内的ワーキングモデル」が形作られていきます。
◯内的ワーキングモデル
内的ワーキングモデルとは、人間関係の基盤となる信頼や愛情など、将来にわたって人との関係を作っていくための内在化された「ひな形」のことです。内的ワーキングモデルは、2つの側面から説明されます。
1つは人間関係にかかわる感覚です。生まれたての赤ちゃんは動物的な本能だけで生きている状態です。そこに養育者の表情や声、触れる感触などからいろいろな感覚が活性化されます。例えば不快感が出たらそれをあやしてくれる、お腹がすいたりオムツが濡れたりしたときにちゃんとお世話してくれる。このような相互作用を通じて「人と交わることは気持ちいいもの」という感覚の原型を赤ちゃんは獲得していきます。
2つ目は、愛着関係によって人間関係の土台に「喜び」がすり込まれる、という側面です。人とつながると不快感をちゃんと癒してくれる、あやしてくれる。人と交わることは楽しいこと、喜びにつながるという脳の神経回路が発達していきます。この喜びを心と体に備えること、これも愛着・アタッチメントの本質的な課題となります。
人生の中で、脳のシナプスの数がピークを迎えるのはだいたい1歳前後と言われています。ほとんどの赤ちゃんはまだ歩けませんね。シナプスは生まれてから1歳ごろまで急激に増え、徐々に減っていっていきます。そして、10歳から12歳くらいで落ち着きます。
脳の神経回路が大人よりも密な赤ちゃんは、大人には見えないものを見たり、聞こえない音を聞いたりしているのかもしれません。赤ちゃんはすばらしい能力を持っています。シナプスの増大と減少、この現象は「シナプスの刈り込み」と言われることがあります。赤ちゃんはピークまでシナプスの量を増やしておいて、外界と適応しながら生きるために必要なシナプスの回路を残し、無駄なものを省いていくのです。与えられた環境に最も適した脳の構造を作るという作業を0歳から10歳くらいまでの間にやっているのです。
子どもは大変な作業をしていますね。脳の基本的な構造が成り立つ時期は、愛着が最も必要な時期と重なります。子どもと養育者との対面による相互交流があって初めて適切な「シナプスの刈り込み」が生じます。逆に、この時期に愛着形成が奪われてしまうと、その後の人生全般にわたってさまざまな影響を受けることになります。
◯愛着は後の人間関係に影響する
2024年5月4日に放映された「NHKスペシャル」では、「人間関係の癖は赤ちゃんのときに作られる」といったタイトルで愛着のことが取り上げられました。この番組では、愛着の3つのタイプ、すなわち安定型、回避型、抵抗型が成人してからも人間関係に反映されるという研究結果が示されていました。愛着のタイプ分けの研究を牽引したのがM. Ainsworthです。その後、AAI(Adult Attachment Interview:成人アタッチメントインタビュー)という研究が活性化し、Ainsworthのお弟子さんであるMary Main や研究協力者のDaniel Siegelを含む世界中の研究者が成人のアタッチメント研究を始めて、成果を上げています。
近年のAAI研究は、母親になった人、すなわち成人の愛着スタイルをインタビューから明らかにしてきました。その結果、成人の愛着スタイルには4つの型があるということが分かってきました。それらは安定型、回避型、とらわれ型、無秩序型として表されます。研究結果の興味深い点は、成人の愛着スタイルは、自分が幼い頃に受けた愛着スタイルととても高い相関関係が確認されたことにあります。成人後の人間関係のパターンと自分が子ども時代の養育者との愛着パターンが見事に重なり合うのです。幼少期の愛着形成のスタイルがその人の人生全体の人間関係や子育てのあり方に影響する可能性がAAI研究から見えてくるわけです。
◯あなたのせいじゃない
逆境的な環境に追いやられ、十分な愛着を形成できなかった子どもにまず必要なことは、安心や安全だとよく言われます。単に安心・安全という言葉では不十分かもしれません。重要なのは「体の芯から感じる安心と安全」だと思うのです。虐待やネグレクトを受けた子どもたちに見られる反抗的な態度や衝動性をとらえると、彼らは考えて悪いことをやっているわけではありません。むしろ考えることを司る大脳をシャットダウンさせ、より本能的な脳機能を活性化させることで生き残る戦略を身につけてしまった可能性があります。生き残る戦略、それは思考を一旦止めて、ストレス対処のためにより本能的な部分を目一杯活性化させる状態を意味します。それは、心と身体が悲鳴を上げているような状態かもしれません。そのような心と体をなだめてあげる、落ち着かせてあげる、体の芯から「大丈夫」と安心感をもてるように導くことが重要になってきます。
逆境的環境に追いやられた子どもたち、健全な愛着関係をもつことができなかった子どもたちに見られる問題行動は、彼らにとって何とかまわりの状況に適応し、うまくやり過ごすためのサバイバル・スキルと見ることができます。子どもたちの行動の背景にあるトラウマを理解し、「あなたのせいじゃない」という意識をどこかで持っておくことは大切だと思います。生き残るための心身の反応、無意識かもしれないけれどもあなたの体は自分を守るためにがんばっているんだよ、その体のがんばりを認めてあげようね、というメッセージを持ち続けるということです。
「自分の体が自分を守るためにきちんと機能したね」「心と体の自然な反応にいい・悪いはないんだよ」「体の反応はつらいけど、自分を守るために必要だったかもしれないね」。このような子どもへの眼差しをもつことは、子どものトラウマに寄り添う助けとなります。でもなかなか難しいですよね。子どもの悪さについカッとするし、腹が立ってしまいます。里親の皆様が怒りを感じたり、衝動的になったりすることがあっても、それは人間的な反応です。里親の皆様もご自身を守るためにやむを得ないことが生じてしまいます。あなたのせいじゃない、のです。
体の芯から安心を感じ取れるような親子関係の構築、たとえ愛着形成が十分に得られなかった子どもに対しても衝動的にならず、子どもが抱えるトラウマを理解し、そのサバイバル・スキルに寄り添うような養育を支える1つの方法として、マインドフルネスが今、世界で注目され始めています。マインドフルネスは、愛着を奪われた子どもに安心感を与え、信頼関係を取り戻す一つの方法として期待されています。
◯今、この瞬間、あるがままに
マインドフルネスとは、「意図的に、あるがままの状態で今この瞬間に注意を向けること」と定義されます。意図的に気づく、しっかりと1つの対象に注意を向けていきます。ふと気づくのとは違います。
この短い定義には2つの意味が込められています。1つは「今この瞬間」です。今、ここ、この瞬間に注意を向けるということ。もう1つは「あるがまま」です。とらわれず、ありのままに、という心の状態です。
これら2つの異なる意味が含まれているのです。あるがままに、今ここにある景色や心身の様子にきちんと気づいている心の状態(今に気づいている心:図左)。いろいろなことを考えたり空想にふけったりしている心の状態(何かにとらわれている心:図右)。皆さんは1日、または1週間を振り返ったとき、どちらの心の状態が多いでしょうか?先ほどマインドフルネスのプラクティスで、皆様には音だけに注意を向けていただきました。あるいは呼吸だけに注意を向けていただきました。このような「今、ここ、この瞬間」の音や呼吸にただ注意を向けて気づく時間、1日のうちどれくらいありますか?こういった時間をもつのは案外難しいかもしれませんね。先ほどのプラクティスでは、ただ「呼吸に注意を向けましょう」とお願いしたのですが、それでも短時間のうちに注意がそれて、他のことを考えてしまいます。

この自然に湧き起こる心のおしゃべりのことを「マインド・トーク」といいます。マインド・トークを止めることは至難の業です。なぜならばマインド・トークは進化の賜物、すなわち人間は脳を常にアイドリング状態にすることで何か起きたときにすぐ動ける、すぐ対応できる準備をするようになったからなのです。マインド・トークはいわば危険から自分を守るために自然に発生する心の準備運動なのです。
そのため、私たちって何か1つのことに注意を向けても、常に心がさまよい、他のことを考えてしまうのです。どうか注意がそれたとしてもご自身を責めないでください。マインド・トークは、いわば人間の本性です。ただ厄介なことに、マインド・トークに心が支配されてしまう、ずっと考え込んでしまうことがあります。この状態は、抑うつと関係してきます。
◯2つの自己
マインドフルネスは、このマインド・トークを客観的に見つめていく心の営みです。メタ認知を鍛える、と言い換えてもいいでしょう。マインドフルネスは、自分を見つめるもう1人の自分を耕していくことがねらいとなります。皆様に先ほど体験いただいた「呼吸のマインドフルネス」を含む一連のマインドフルネスの方法は、専門的には「第三世代の認知行動療法」と表現されることもあります。
実際、マインドフルネスの練習中は、2つの自分が同時に存在している状態となります。1つは呼吸を感じている自己、つまり「経験している自己」です。もう1つは、それに気づいている自己、これが「メタ認知」です。これら2つの自己が同時に進行している状態に作り上げるのがマインドフルネスです。
メタ認知の活用は、衝動性の強い子どもにとって苦手です。感情のコントロールが難しい子どもたちは、自分を客観的に見つめ、内省することが難しいですね。一旦立ち止まる、今の自分の呼吸に気づこうとする、自動的な反応から一歩遠ざかる、感情を見つめる、冷静な判断、行動を選択、これらすべてメタ認知の機能です。いわゆる「躾(しつけ)」のような指導ではなく、ただ呼吸に意図的に気づく、注意を向けるというマインドフルネスのプラクティスを続けることによって、メタ認知が自然に活性化されていきます。私自身も体験していることですが、イラッとしたり、カッとしたりする回数が少なくなるかもしれません。それは偶然の仕業ではなく、マインドフルネスの継続によって脳の構造の変化が確認されており、脳神経生理学的にもメタ認知の活性化がマインドフルネスによってもたらされることがわかっています。
◯「あることモード」と「することモード」
私たちのマインド・トークは「することモード(Doing Mode)」 、すなわち「あれもしなければ、これもしなければ」とずっと考えてしまう心のモードと仲良しです。スケジュールを立て、仕事をこなしていくためには「することモード」の心は大切ですね。常に考え、次の行動を選択する。「することモード」は、社会的には望ましい心のあり方と思われています。でも、落とし穴があります。
心が「することモード」一色になると、常に望ましい状態と望ましくない状態のギャップを埋めようとマインド・トークが活躍します。目標・ゴールばかりを考えてしまう状態ですね。例えば皆様、ここに来られる過程を思い出してみてください。今、この瞬間の景色を楽しみながら来られましたか?それよりも「何時までに行かなければ」「ここが最短のルートだ」「赤信号に捕まった!=(スマホに目をやる)」。これら心のおしゃべりはすべて「することモード」を活性化させます。もちろん、いい・悪いではなく「することモード」は人間生きて行くために必要な心のあり方です。ただ、問題なのは「今が常に不満足」という状態を作り出すところなのです。なぜならば、「今」は常にゴールが達成されていないですから。この不満足感がストレスになっていくのです。
「することモード」一色になると、まわりがだんだん見えなくなってしまいます。ゴールのことばかり考えてしまい、「今」が常に不満足。心は休まらないですね。さらに、ゴールを達成できている時はいいけれど、うまく回らなくなると出口が見えなくなってしまいます。そして最終的には自分を責めてしまい、健康をむしばんでしまいます。これが「することモード」の落とし穴です。
マインドフルネスは、もう1つの心のモード、「あることモード(Being Mode)」を耕していきます。先ほどご体験いただいた「音にただ注意を向ける」「呼吸に意識を向ける」というプラクティスを思い出してみてください。ただ音や呼吸に集中するという営みにゴールはありません。今、ここ、この瞬間に生じることすべてが気づきの対象になってきます。そして体験の広がりや自由な心の状態を創り出していきます。
車に例えると、ドライビング(D)からニュートラル(N)に切り替えるような感じです。もし「心のニュートラル・レバー」を皆様に持ってもらえたら、「することモード」によって追い立てられ、常に今が不満足な状態から、メタ認知を起動させ、ストレスとの間に少しの心のスペースを作ることができます。
そんな「あることモード」はいつでも作ることができる、と思われるかもしれません。でもなかなか難しいです。たった5分の呼吸のマインドフルネスでも、心の中にはマインド・トークが出てきて、私たちを「すること」の世界に追いやろうとしましたね。私たちの本性には「Doing」が染みついているのだと思います。「あることモード」、すなわちうまくニュートラルにギア・チェンジするためには、ちょっと練習が必要です。その練習方法としてマインドフルネスのプログラムが作成され、それによる膨大な実証研究がこの10年で蓄積されてきました。
◯アンカー(錨)
私たちの心には、常にマインド・トークが現れ、「することモード」に縛られがち。常に心はあっちに行ったりこっちに行ったり…。まるで船が波に連れて行かれるような感じですね。船をつなぎとめるアンカー(錨)を日常生活に見いだしていきましょう。心が揺れても構いません。揺れる中で、音であったり、体の感覚であったり、呼吸であったり、さらにはゆっくり味わうという行為、これらはマインド・トークに支配されず、今、この瞬間に「あることモード」に切り替わるためのアンカーになります。
皆様は、どんなふうにいつも食事をされていますか?今日家に帰ったら、最初の一口だけ、どうぞ1分間、無理ならば30秒かけて、ゆっくり味わってみてください。これは「食べるマインドフルネス」と呼ばれる大切なプラクティスとなります。歩くときも、一歩一歩、足の裏や足全体の感覚に注意を向けてみてください。足の感覚もアンカーになります。あれこれ考えてしまう心を今この瞬間につなぎ止めてくれます。五感や思考、あるいは体のどの部分の感覚でもいいですから、自分のアンカーを見つけ出してほしいと思います。
これまでの認知行動療法は、色々な方法を駆使して行動や考え方を変えることを目指しました。暴れ馬を手なずける、といった感じでしょうか。第三世代認知行動療法といわれるマインドフルネスは、ちょっと違います。イメージとしては「手なずける」というよりは「手放す」と表現したほうがいいでしょう。
マインド・トーク、すなわち色々な考えが自然に出てきますが、それらを手放していく。もちろん、すべて手放す必要はありません。必要なものと必要でないものを見分け、必要でないものを手放していく。プラクティスでもご経験いただいたように、マインド・トークが出てきても、それに気づいてまたアンカーに意識を戻す。これを何度も繰り返していきます。マインド・トークを電車に例えるならば、大阪駅のようにいろんな電車が心の中に入ってくるけど、ただ通過するのを見つめ、その電車に乗らない、という心のあり方です。この練習から、日頃の平静さや体から湧き起こる思いやりの心が生まれてくるのです。
◯マインドフルネスを日常に、そして愛着形成に
マインドフルネスは、アンカーへの集中が続けば続くほど成功、続かなければ失敗ということはありません。何回でもアンカーから心が離れてさまよってもいいのです。注意がそれても、それたことに気づくこと。マインド・トークに気づいて、その電車に乗らないでまたアンカーに意識を戻すこと。このプラクティスを続ければ続けるほど、何かあっても、今に戻ってくることができます。そして今自分が何をすべきかを、冷静に判断できるようになってきます。この心の運動を練習していくことがマインドフルネスになります。マインドフルネスによって培われた平静さは、お子さんやご家族との関係を豊かなものにし、健全な愛着形成にも役立つことが実証研究から浮き彫りになっています。
マインドフルネスを日常に取り入れてみて下さい。マインドフルな抱っこを実践してみませんか?子どもを抱くときは、マインドフルネスの練習になります。子どもの手触り、しゃがんだときの自分の体の状態に注意を向けてみましょう。手の感触、抱き上げるときの子どもの重さを感じてみます。抱っこしたときの子どもの匂いも探索してみてください。すべての子どもとのかかわりが、今この瞬間、あるがままの気づきになって、「することモード」から「あることモード」へのギアチェンジが可能になります。
皆様の中で、シャツを着るとき、いつも上からボタンを留めている方は、一度下から留めてみてください。それだけでも今この瞬間の手の感覚に注意が向きます。今日ぜひ利き手とは違う手で歯を磨いてみて下さい。「いつもこんなふうに磨いているんだ」と気づき、マインド・トークが消えていきます。皆様なりに日常にマインドフルネスを散りばめてみてください。皆様のストレスの軽減とお子さんとの関係作り、さらには皆様の落ち着いた圧倒されない心持ちによって、お子さんの愛着形成にマインドフルネスを役立ててほしいと切に願っています。子どもにとって、今、この瞬間、きちんとここに居てくれている、という存在感が何よりも子どもの安心感につながっていくと思います。
本日はありがとうございました。