★当日の映像を、YouTubeにて公開しています。
(令和4年度は社会状況を考慮し、会場参加以外の方法でも
視聴して頂けるようにしました)
ご関心のある方はこちらもどうぞ。 →令和4年度年次総会 記念講演
講師:山縣文治氏(関西大学 人間健康学部教授,公益社団法人家庭養護促進協会 理事長)
(下の写真を掲示して)何の写真か分かりますか?
(会場から 「赤ちゃんポスト」の声が上がる。)
そうです。「コウノトリのゆりかご」ですね。熊本市の慈恵病院が作られた「赤ちゃんポスト」です。これに関して、肯定的に受け止める人は「子どもの命が救われる仕組み」と評価しますが、否定的に捉える人は「子どもが捨てられる場所」と見ます。どの立場で見るかで評価は異なります。
「コウノトリのゆりかご」の運用開始から15年になりますが、私は創設時から検証委員を務め、後半10年は委員長もしました。その最後のあたりで内密出産が話題になり、マスコミでも大きく報じられました。神戸でも北海道でも類似の動きがありますが、やはり賛否両論の意見があります。しかし、どちらの立場も子どもの人命を大切に考えるところは共通しているんです。
子どもの社会的養育に関して近年、大きな動きがありましたが、社会的養育に関する子どもの権利条約や児童福祉法などの考え方では、優先順位をつけています。
- できるだけ親子分離を避ける
地域社会で支える。ショートステイなどもこれに該当します。
- 分離は短期で一時的であるべき
どうしても分離が必要な場合は短期でということ。
- 分離後の生活は家庭養護をまず考える(とりわけ乳幼児はこの原則)
里親・養子縁組を優先し、子どもの権利条約では、特に3歳未満は施設入所はやめる方針です。新しい社会養育的ビジョンや都道府県などの社会的養育推進計画では、就学前の児童では7割程度を家庭養護で対応するとされています。
- 施設は小規模、小集団の家庭的養護体制とする
小規模について数値的な規定はありませんが、関係者の中では40人ぐらいが想定されているようです。小集団とは食事を共にする子どもの人数は6~8人とされています。それが近隣地域内に分散して存在する地域小規模児童養護施設もあります。施設養護も家庭に近い形にする方向です。
- 再度、親子が一緒に生活できるようにする(親子関係の再統合か、親子・家族関係の再構築か)
親元に帰って生活できればそうするけれども、別居状態であっても心が通じ合っていればそれを親子関係の再構築と見ます。また、養子縁組の場合もここに含まれます。
社会的養護に関して子どもの権利委員会が日本に求めているものを整理すると、①在宅福祉・地域福祉重視 ②家庭養護重視 ③小規模化の推進 ④短期ケア重視 ⑤人権擁護⑥子どもの意見の尊重 ⑦サービスの質の管理 となります。それらの提言を受けて2016年に児童福祉法が大幅に改正されました。
まず、子どもの権利を尊重することが大前提になっています。その上で、社会的養護の検討順位が示されています。第3条の2では、「児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう、児童の保護者を支援しなければならない」とあり、親子が分離しないよう施策を作ることが求められています。
それでも「児童を家庭において養育することが困難であり、又は適当でない場合にあっては、児童が家庭における養育環境と同様の環境において継続的に養育されるよう…」つまり里親またはファミリーホームでの養育を示しています。(中略)どうしても分離せざるを得ないときは「できる限り良好な家庭的環境において養育されるよう…」と、施設での養育に厳しい制約をかけています。
(※文言は条文通りではありません)
施設の小規模化を図るという背景には、国連の子どもの権利委員会からすると、日本の施設の8割は規模的に不適切であるという実態があります。
施設での養育が認められるには、大規模な意識改革が必要になり、事例についても里親では対応が困難な場合に施設での養育で対応することになるということです。施設での養育が極めて制約的に示されていることで、施設関係者からは厳しいという声も上がりました。
国際的にも家庭養護を推進する時代になってきているので、その流れに抗うことはできないとしても、日本の事情について国連関係者に理解をしてもらう必要があるとは思います。
次に第48条の3では、「乳児院、児童養護施設…などの施設長並びにファミリーホーム・里親は、入所又は委託された児童およびその保護者に対して、関係機関との緊密な連携を図りつつ、親子関係の再統合・再構築のための支援その他の当該児童が家庭で養育されるために必要な措置を採らなければならない。」とあります。
ここで重要なことは、この条文の主語は「国」ではなく「施設長および里親」だということです。努力目標ではなく、義務に近い表現になっています。国連はこの条文でOKという反応を示しました。
改正児童福祉に基づいて2017年に「新しい社会的養育ビジョン」が出されました。その内容を簡単に紹介します。
- 里親への包括的支援体制(フォスタリング機関)の抜本的強化と里親制度改革
一時保護里親、専従里親など新しい類型を4年後を目途に創設する。また、障害のある子どもなどケアニーズの高い子どもにも家庭養育を提供できるようにする。
- 永続的(パーマネンシー保障)としての特別養子縁組の推進
具体的な数値目標を、5年以内に年間千人以上の特別養子縁組を目指す。
- 乳幼児の家庭養育原則の徹底と、年限を明確にした取り組み目標
・就学前の子どもは、家庭用育原則を実現するため、原則として施設への新規措置入所を停止する。
・3歳未満については5年以内に、それ以外の就学前幼児については7年以内に里親委託率を75%以上にする。学童期以降は10年以内に50%以上の里親委託率を実現する。
この数値だけを見ると、現状から突出したとんでもない数字と思われますが、「努力する」だけではダメなので、目標の数値を上げているということです。
・乳児院は多機能化し機能転換を図る。乳児対象の福祉を担い、呼称を乳児施設とする。この提言に対し、2019年、国連の子どもの権利委員会は、6歳未満の子どもは脱施設化を指示、里親支援機関を全国に広めること、虐待をした場合、訴追せよとしています。
施設養護中心の予算配置を里親中心に軸を置き換えることも要求しています。全体的に見て先のビジョンで提言したことを日本が確実に実現するよう求めています。
2022年、社会的養育専門委員会報告書では基本的な方針として、引き続き、家庭養育優先を原則として推進することになっています。そこでは「里親支援機関(フォスタリング機関)は、里親の家庭・養育環境をより良くする機能と、里親に委託された子どもの成育をより良いものにする機能の2つを併せ持つ」とした上で、里親支援機関を児童福祉施設にすると記されていて、いずれは児童養護施設・乳児院と同様の扱いになりますが、第2種の相談業務を担う施設になります。
里親同士が共に支え合うピアサポートについても里親会・サロンのような場を拡充し、支援していくことが里親支援機関の役割として盛り込まれています。また、子どもたちにとって不満の多い一時保護所の改善を測るために、一時保護を専門に担う里親なども考えられています。これらはあくまで報告書ですから、こういう方向性の意見が出ていると受け止めればいいということです。
専門委員会の報告を受けて、2022年の児童福祉法改正案の概要としては
- 子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化および事業の拡充
- 一時保護所および児童相談所による児童への処遇や支援、困難をかかえる妊産婦等への支援の質の向上
- 社会的養育経験者・障害児入所施設の入所児童等に対する自立支援の強化
22歳以降でも自立支援を継続できるという国の方針が出たが、都道府県によって差が出ることが予想される
- 児童の意見聴取等の仕組みの環境整備を行う
- 一時保護開始の判断に関する司法審査の導入
- 子ども家庭福祉の実務者の専門性の向上
- 児童をわいせつ行為から守る環境整備
などが挙げられます。
改正案の中で家庭養護関連の部分をあげると、一つ目は従来、都道府県が担っていた一部を市町村に移譲していくことです。明石市のように住民の顔が見える範囲ということで、小学校区単位で里親委託を考えている自治体もあります。地域住民の情報を把握している民生・児童委員さんもいる。
当面の養育に困っている家庭の支援や、親の入院など短期の里親委託なら市町村の単位で対応する方が望ましいということです。
次は、里親家庭だけでなく地域で子どもを育てるということです。里子は里親家庭で暮らしているけれども、育てているのは里親さんだけではないという見方です。里親家庭に関わる里親支援機関やこども家庭センター、学校など関係機関も連携して子どもを育てていく体制を作ることです。里親さんだけが苦労するという状況でなく、周囲の支えがあれば里親も増えると期待できます。
お手元に被措置児童等虐待件数を示した表がありますが、これは児童養護施設や里親などに措置された子どもが施設職員や里親から虐待を受けた件数です。2009年度から集計されていますが、当初、現場から反対や批判の声もありました。
しかし、子どもの人権を最優先する考えのもと、施設内でナアナアで済ますことなく事案を検証し、他の施設・里親にも情報を開示し、同じ過ちを繰り返さないためにも必要なことと認識されて今も調査は継続されています。
虐待の種別では身体的虐待が最も多いですが、問題は一般社会の調査では少ない性的虐待の割合が多いという点です。 また、措置先別の集計では、社会的養護の対象児童は約4万人ほどですが、その8割弱が施設入所です。被虐待件数は児童養護施設が最多となっていますが、割合で見ると里親、ファミリー・グループホームでの虐待件数が多くなっています。こういう危険性への対応策も考えておく必要があります。養育場面の透明性の確保もその一つです。
もう一点、里親養育に反対・消極的な見方の中に、里親不調ケースへの批判があります。里親不調で施設に改めて入所した児童の様子から、施設職員が批判的になるのです。中には専門性を疑問視する声もあります。困難なケースへの対応ができるのかという見方もあります。このような周囲の批判的な声に対して、具体的な対応策を講じていく課題があります。北海道には障害をもつ児童を専門に養育する里親グループがありますが、それもその一例でしょう。
子どもの声を聞くことも重要です。ある特別養子縁組の子どもの例では、ある年齢になって実親を探したいというときに、何か情報を知っているか養母に聞けなかった。「自分を必死になって育ててくれたお母さん(養母)を悲しませたくなかった」と語ります。
実際は、調べた書類を机に出していたので養母には全て気付かれていたようですが、意を決して探していることを告げると、お母さんも同じ書類を全部とっていて「みんな話していたのに。あなたの前でも話していたのに気付いていなかった?」と言われた。でも自分にはその記憶がなかったというケースもありました。
施設入所の児童に比べて、里親家庭で育った子どもは里親や養親にすごく気を遣っているという状況があります。一対一で暮らす良さと、その反面、子どもが気苦労するところがあるということです。「何でも話していいんだよ」と言われても、子ども側には話せない事情あることを知っておくことです。
最後になりますが、親子関係の基盤は、その関係が「安全」「安心」「安定」であり、親はそのために努力をする必要があるということです。
養護施設の場合、「安全」「安心」は確保できても「安定」に課題があります。里親・養親が一貫して子どもに関わるのに対し、一番の問題は職員が代わるということです。虐待を受けた子どもには特に先ほどの3つの「安らぎ」が必要不可欠です。私は、それを「あん(安)ざん(3)の郷」と称して、社会的養護は「あんざんの郷」からの回復、そして新たな「あんざんの郷」の提供だと考えています。